この世界がどれだけ男性のために設計されているのかという事実を、ファクトをもって一つずつ丁寧に暴いていく一冊。イギリスを中心にしていますが、日本を含めた世界中の実例をデータとともに取り上げています。
以下、自分の備忘録としての引用まとめ。
男性は単身で移動する傾向にあるが、女性は買い物の荷物やベビーカーで手がふさがれていたり、子どもや介護中の高齢の親などを連れていたりして、身軽に移動できない。2015年のロンドン市内の移動に関する調査では、徒歩での最近の移動について、「道路や歩道に対する女性の満足度は、男性よりも有意に低い」ことがわかった。そこから見えてくるのは、女性のほうが男性よりも徒歩で移動する回数が多いだけでなく、ベビーカーを押している割合も高いため、歩道の整備不足による影響を受けやすいという現実だ。道幅は狭く、路面はでこぼこで舗装のひび割れもあるうえに、変な位置に電柱や道路標識がある。そのうえ、駅の階段は狭くて急な場合が多く、ベビーカーでの市内の移動は「きわめて困難」になっており、おそらく4倍の時間がかかる、とサンチェス・デ・マダリアーガは考えている。
P.48
公共空間で女性に脅威を与える行動が人目につきにくいのは、男性を同伴している女性には、男たちもちょっかいを出さないという事情のせいもある。ただでさえ、男性が怖い思いをすることは少ない。最近のブラジルの調査では、女性の3分の2は移動中に性的ハラスメントや性的暴行の被害を受けた経験があり、その半数は公共交通機関でのできごとだった。いっぽう、男性でそのような被害を受けたのは18%にすぎない。したがって、セクハラや暴行をしたこともなければ、目撃したこともない男性たちは、そんなことが起きていることさえ知らなかった。だから女性から被害に遭った話を聞いても、「そういうの、僕は見たことないな」などと軽く流してしまう。これもまた、データにおけるジェンダーギャップだ。
P.70
ニューヨーク市ではさらに通報数が低く、推定では、地下鉄での性的ハラスメントは96%、性的暴行の86%は通報されていない。報道によれば、ロンドンの女性利用者の5分の1は、公共交通機関の利用時に暴行を受けたことがある。また2017年のある研究では、「性的嫌がらせを受けた人びとの約90%は通報していない」ことが明らかになった。あるNGOがアゼルバイジャン共和国の首都バクーにおける地下鉄の女性利用者の調査を行ったところ、性的ハラスメントに遭った女性たちで被害を関係当局に通報した人は、ひとりもいなかったことがわかった。
P.71
1975年10月24日。この日がようやく終わるころ、アイスランドの男たちの脳裏には、歴史に残る「長い金曜日」が刻み付けられていた。この日、スーパーでは当時「お手軽なメニューとして大人気」だったソーセージが売り切れた。突然、オフィスに連れてこられた大勢の子どもたちは、いい子にしているんだよ、と買ってもらったお菓子に夢中になっていた。学校や保育園や水産工場はどこも閉鎖されるか、少人数でどうにか対応していた。では、女たちは?なんと「女性の休日」を取っていたのだ。
P.84
国連が1975年を「国際婦人年」と宣言すると、アイスランドの女性たちはそれを実現しようと決意した。まず、アイスランドを代表する5つの女性団体の代表者らによる委員会が設立された。そして話し合いの結果、ストライキを決行することになった。10月24日は、アイスランドの女たちは誰ひとり、いっさいの労働をしないこと。無償のケア労働も、料理も、掃除も、子どもの世話もしない。
日本で父親の育児休暇制度の導入があまり成功していないのは、男女間の賃金格差も女性特有の体の問題も考慮していない、制度設計によるところが大きい。14か月の両親共有の育児休暇のうち、父親は2か月の休暇を取得できるが、最初の6か月が過ぎると、それまで給与の3分の2だった支給額が給与の半分に減額される。女性は妊娠・出産からの回復や授乳のために時間が必要なため、男性[夫・パートナー]よりも先に休暇を取得して、収入の多いほうが長く働くことで世帯収入をなるべく増やそうとする(日本では、男性のほうが女性よりも平均27%収入が高い)。したがって、丸2か月の育児休暇を取得する男性がわずか2%しかいないのも、驚くに当たらない。日本の極端な労働文化も影響しているだろう
P.101
以上のような統計結果にもかかわらず、実力主義の神話がはびこっているのは、男性というデフォルトが強力である証だ。男性が「person(ひと)」という言葉を聞いたとき、10回に8回は「男のひと」を思い浮かべるのと同じように、テクノロジー業界の男性たちは、もしかしたら自分たちの業界がどれほど男性中心なのか、たんに認識していないだけかもしれない。しかし、実力主義の恩恵を受ける者にとっては、あらゆる功績はすべて実力によるものだと思わせてくれる神話は、彼らにとっていかに魅力的かを示す証拠でもある。実力主義を信奉する傾向が最も強いのは、白人の上流階級の若いアメリカ人だというのは、けっして偶然ではない。
P.112
私たちは子どもたちが幼いころから「優秀バイアス」を植え付けている。最近のアメリカの研究では、幼稚園にかよい始めた5歳の女児たちは、5歳の男児たちに負けず劣らず、「すごく頭がいい」女の子になれると思っていることがわかった。ところが6歳になると、変化が起こる。女児たちは、女は男よりも劣っているのではないかと思い始める。そのせいで、自分に限界を設けてしまうのだ。このゲームは「すごく頭がいい子どもたち」のためのゲームです、と言われると、5歳の女児たちは男児たちと同じようにそのゲームをやりたがるが、6歳になると、女児たちはきゅうに興味を示さなくなってしまう。幼いころからそんな調子だから、大学生になって授業評価表を記入するころには、女性教員は能力が低いと決めてかかるのも当然だろう。
P.119
2017年の画像データセットに関する研究では、料理の写真に関連付けられるのは、男性よりも女性のほうが33%以上多いことがわかった。また、このデータセットで訓練されたアルゴリズムは、キッチンの写真の68%を女性に関連付けることもわかった。さらにこの研究によって、元のデータにおける偏見が強いほど、増幅効果も強くなることも明らかになった。そう考えれば、キッチンの調理用ストーブの前に立っている、はげ頭の恰幅のいい男性の写真を、アルゴリズムが「女性」に分類してしまうのもうなずけるだろう。「はげ頭=男性」よりも「キッチン=女性」という偏見のほうが、増幅されているのだ。
P.192
2018年にボストンコンサルティンググループが発表した研究では、女性経営者が受ける投資額は、平均的に、男性経営者が受ける投資額の半分以下にもかかわらず、2倍以上の収益を上げている。女性経営者のスタートアップは、資金1ドル当たりにつき78セントの収益を出しているのに対し、男性経営者のスタートアップでは31セントだ。さらに、女性経営者のスタートアップは長期的な業績も好調で、「5年間で10%以上の累積収益を上げている」。
P..198
女性がVRの世界から締め出されている原因は、男性からの暴力だけではない。ヘッドセットからして大きすぎるし、VRによって乗り物酔いが起きるのは、男性よりも女性のほうがはるかに多いことが研究で明らかになっている。また、空間認識を要するタスクを行うに当たって、狭いコンピューターデイスプレイは男性に有利に働くのも事実だ。つまり、このプラットフォームも女性には使いにくいようにできているーーだからVRの世界には女性が少ないのだ。
P.211
男性は女性よりも自動車事故に遭う確率が高い。つまり、自動車事故における重傷者の大部分は男性だ。ところが女性が自動車事故に遭った場合は、身長、体重、シートベルト使用の有無、衝突の激しさなどの要素を考慮しても、重症を負う確率は男性よりも47%高く、中程度の傷害を負う確率は71%高い。さらに、死亡率は17%高い。これらはすべて、車がどのように、そして誰のために設計されたかに関係がある。
P.216
運転するとき、女性は男性よりも前のめりになりがちだ。その理由は、女性のほうが平均的に身長が低いからだ。
両脚がペダルに届くように前に出す必要があるし、ダッシュボードを見渡すには背筋を伸ばして座る必要がある。しかし、これは「標準的な座席の位置」ではない。女性たちは「適所を外れた」ドライバーなのだ。標準から外れているということは、正面衝突の際に内臓損傷を負うリスクが高くなるということだ。短い脚をペダルへ伸ばすことで、ひざやヒップの角度も損傷を負いやすくなる。基本的に、すべてがまちがっているのだ。
2017年イギリスのラフバラー大学による研究に、国中のメディアが騒然となった。入浴には運動と同じくらい、抗炎症作用や血糖反応への効果があることが証明されたのだ。医学雑誌『テンパラチャー」に掲載されたこの論文は、「代謝性疾患への治療法となりうるか?」というサブタイトルがついていたが、研究対象には女性がまったく含まれていなかった。
P.241-242
男性と女性では代謝系が異なることがわかっている。この研究結果への関連性が最も高い糖尿病がもたらす影響も、男性と女性では異なることがわかっている。そして、糖尿病は男性よりも女性にとって、心血管疾患の大きなリスク要因となる。以上の事実にもかかわらず、この論文の著者たちは、自分たちの研究に性差が関連していることをまったく認識していない。彼らが引用した動物実験は、すべてオスの動物を対象に行われたもので、最もショッキングなのは「現在の調査は限定的」であることを明記したくだりで、著者たちは男性しか対象としていないことが欠点となる可能性については言及せず、「参加者数が比較的少ない」としか述べていないのだ。
2014年、FDAは、2004年から2013年のADR(薬物有害反応)報告書のデータベースを公開した。それによって、女性のほうが男性よりもはるかに薬物有害反応を起こしやすいことが明らかになった。報告件数は男性が130万件未満であるのに対し、女性は200万件を超えていたのだ。薬物有害反応による死亡数は男女とも同じくらいだが、薬物有害反応のなかで最も多い症状のうち、死亡は、女性の場合は第9位であるのに対し、男性の場合は第1位となっている。女性に多い薬物有害反応の第2位は(第1位は吐き気)、薬がまったく効かないことだが、薬が効かなかったことが原因である死亡数に関するデータは、存在しない。しかし、薬物有害反応を起こしたあと、女性のほうが入院する確率が高く、しかも一度ならず入院を繰り返す傾向があることもわかっている。2001年のアメリカの研究では、市場から回収された薬品の90%は、女性のほうが薬物有害反応を起こす確率が高いことが明らかになった。
P.245
2016年、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」(The BMJ)は、女性の入院中の死亡率は男性の約2倍となっていると報告した。その原因のひとつは、女性患者が危険な状態にあることを医師たちが認識してないせいかもしれないのだ。2016年、米国心臓協会は、急性冠症候群[心臓発作・心筋梗塞・不安定狭心症]の患者に対して「一般的に用いられている」リスク予測モデルについて、懸念を提起した。なぜなら、そのリスク予測モデルが開発された際の患者集団は、男性が3分の2を占めていたからだ。女性を対象としたリスク予測モデルがどのようになるかは、「まだ確立されていない」。
P.248
注意欠陥多動性障害(ADHD)やアスペルガー症候群についても、同じように診断上の問題がある。イギリス自閉症協会による2012年の調査では、6歳までにアスペルガー症候群と診断された子どもは、男子が25%なのに対し、女子は8%にすぎないことがわかった。11歳までに診断された子どもは、男子が52%、女子が21%だった。推計によれば、ADHDの女性の4分の3に対しては診断が下されていない。「ADHDの女の子を理解する(Understanding Girls with ADHD)」(未邦訳)の著者、エレン・リットマン博士は、このような男女差が生じているのは、ADHDの初期の臨床研究が「過活動の白人男子」を対象に行われたからだと主張している。女子の場合は過活動よりも、整理整頓ができない、注意散漫、内向的といった症状が表れることが多い。
P.253
女性たちが痛みを訴えても、医療従事者がまともに取り合わないのは、それこそ子どものころから始まる根深い問題だからだ。2016年のサセックス大学の研究では、実験で3か月の乳児の親たち(25名の父親と27名の母親)に赤ちゃんの泣き声を聞かせた。すると、赤ちゃんの泣き声に性差はないにもかかわらず(思春期までは、声の高さに性差はないため)、低い泣き声は男の子、高い泣き声は女の子の声だと思われていることがわかった。また父親たちは、低い泣き声が聞こえて「いまのは女の子の泣き声です」と言われたときよりも、「いまのは男の子の泣き声です」と言われたときのほうが、赤ちゃんが不安を訴えていると思うことがわかった。
P.255
アメリカの女性は男性よりも平均寿命は長いが、健康寿命は長くないことがわかった。アメリカ人の65歳以上の人口のうち、女性は57%を占めているが、日常生活で介護が必要な人びとのうち68%が女性である。1982年の時点で85歳の人びとは、男女ともにさらに2.5年、健康で暮らすことができた。現在も、女性の場合はその数字は変わっていないが、現在85歳の男性は89歳まで健康寿命を期待できる。男性の寿命と健康寿命がともに延びている傾向は、ベルギーでも日本でも見られる。EUにおける女性の健康について調査した2013年のWHOの論文では、「EUのなかでもとりわけ総合的な平均余命が長い国々においても、女性たちは約12年間を不健康な状態で過ごしている」と述べている。
P.260
2015年のある研究では「女性のほうが話を遮られることが多い」という結論を下している。その研究によって、女性が男性の話を遮るよりも、男性が女性の話を遮るほうが2倍も多いことがわかっている。2016年のアメリカ大統領選挙の前哨戦における90分間のテレビ討論会で、ドナルド・トランプはヒラリー・クリントンの話を51回も遮ったのに対し、クリントンがトランプの話を遮ったのは17回だった。トランプだけではない。ジャーナリストのマット・ラウアーも、トランプの話を遮った回数よりも、クリントンの話を遮った回数のほうが多かった(ラウアーはその後、複数のセクハラ疑惑によって解雇された)。さらにラウアーはトランプの発言よりも「クリントンの発言に疑義を示した」が、2016年大統領選挙の候補者のなかで、最も率直な発言をしていたのはクリントンであったことが明らかになっている。
P.308
自然災害における死亡率に関しては、性別に区分された確実なデータが存在しなかったが、2007年にようやく体系的かつ定量的な分析が発表された。1981年から2002年の141か国のデータを調査した結果、自然災害における死者数は女性のほうが男性よりもはるかに多いこと、そして人口に対する死者数の割合が大きいほど、平均寿命の性差が大きいことが明らかになった。さらに重要なことに、女性の社会経済的地位が高い国ほど、死者数における性差は小さいことがわかった。
P.332-333
行間が詰まったレイアウトで読みすすめるのに多少難儀しましたが、それ以上に中身も詰まった有意義な一冊でした。